君のくちびるで終わる夢


(By 世ノ一波)

別れにはなれっこだ。義務教育を終えたその瞬間から旅人になった私は、今日まで何度の別れを繰り返したことだろうか。日本中のそこらを目的もなく転々とさまよい歩く生活は気ままで——好き勝手に遊びまわる私を誰も咎める者はいなかった。旅の途中で、遊びの恋をしたりもした。でもどれも遊びだ。私が旅人である以上、どの男も私との恋を刹那のものとして私を心から欲しようとはしなかった——寂しいことだが、仕方が無いことだと思った。だって彼らはみな、私が旅人であることを望んでいたから。決して手に入ることのない女という幻想を私に抱いて、その幻想に恋をしていた。私も同じ。決して結ばれることのない男という幻想を相手に抱いて、その幻想に恋をしていた。今回、——きみに恋をしたことだけは違うよ、なんて言えるのだろうか。きっと言えやしない。——私が旅人で、ある限り。


チェックアウトの時間まで、あと少し。よく沈むソファに腰掛けながら贈り物であるマニキュアを左手小指の爪に塗りつけた。レースのカーテン越しに注ぐ午後の陽光が、とろりとした紅の液体が入る瓶をきらきらと光らせる。自分には勿体無い綺麗な赤は、私の印象色。大好きな彼女の選ぶ、真紅。綺麗な瞳を潤ませた彼女は誰よりも美しかった——私にはいつだって美しく映る一人の女性。    が喜ぶのなら大好きだ、って何回だって言うさ——ねえ、今度の約束が楽しみだね?淀む事のないくれないを刷毛にたっぷりと滲ませて、斑無く塗られた小指に唇を落とした。

ホテルのチェックアウトを済ませるとボストンバッグを片手に街へと出た。街は年末という事もあり非常に慌ただしくて。ひどくうんざりしながらも、この喧騒ともお別れだと思うと感傷的になってしまった。それから歩いて——駅に向う道すがら、小さな雑貨店でピアッサーを購入した。   と交換に渡し合ったそれを、纏うために必要なのだ。ピアスホールを開けるのは初めての経験だが、   になら私の初めてを喜んで差し出そう。いつでも見られるようにとポケットに忍ばせた宝物に右手を差しこめば、ひやりと感触がそこにあった——これから見るだろう、沢山の景色を一緒に見よう。


唇に指を触れさせると、あの日の熱が蘇る。胸に手を置くと、あの日の思いがこみ上げる。
手指の先を見詰めると、あの日の切なさを思い起こす。握りこぶしをつくると、あの日の温もりがかえってくる。
楽しかった、楽しかった、楽しかった。




(さて、行くとしようかな。)

title:指先